書店が減った書店がなくなったというニュースが日々飛び交うこのご時世でも、新たに開店したり、しぶとく生き残ったりする書店もある。近年は一念発起して脱サラしたり、趣味が高じて開店したりというカフェ併設のおしゃれな書店が増えてきているが、そうした個性派書店ではない。まったく異なる方向性を持ったスペシャルな書店があるのだ。今回はぼくが小説執筆の資料を集めるために利用している、そんな「特殊書店」を三つ紹介してみたい。千束四丁目と聞いてピンと来る人は十中八九スケベオヤジである。その一帯はかつて吉原遊里があったところで、まるっきり「おはぐろどぶ」の内側にあたる。今でも無数の特殊浴場(ソープランド)が立ち並び、日中でも店員さんが案内のために店頭に立って商売に励んでいるという、そんな危険地帯である。ただし、カストリ書房はギリギリそのエリアの外側にあるので、東側からアプローチすれば客引きの類には会わずに済むので安心だ。ぼくがセルフパブリッシングで勝手に書き続けている『ストラタジェム;ニードレスリーフ』は、吉原に深い関わりのある物語だ。なので、吉原関係の文献や資料、赤線や各種風俗史に関する本はチェックしておかねばならない。「吉原に書店ができる」と聞いたとき、行かねばと思うのは当然の帰結である。カストリ書房は電車で行くには駅から遠い。入谷か三ノ輪からバスまたはタクシーを使うか、ヒマなら徒歩で街並みを楽しみながら徒歩で行こう。クルマで行く場合は吉原大門の交差点から侵入し、近隣のコインパーキングに駐車するといいだろう。仲之町通りから江戸町通り(ソープ街東端)のさらに一本東側の路地を入れば、すぐにカストリ書房の暖簾が見えるはずだ(ぼくが訪問したときは雨なので暖簾はしまわれていた)。店内は大半を小上がりがしめていて、座りながら平積みにしてある本をじっくり品定めすることができる。まだ若い店主は傍にデスクを構え、ライティングの仕事などをしながら店番をするのだということである。そういえば、この店舗スタイルはどこかで見覚えがあるなと思ったら、江戸期の書肆の販売スタイルではないか! 両国の江戸東京博物館あたりで見た雰囲気そのものだ。店主、なかなか奥が深いですな。※花輪を出している「片品村蕃登(カタシナムラ ホト)」さんは秘宝館などにグッズや土産物などを卸している方だそうだが、詳細な素性は不明。小説執筆の資料として人間でもない台風を「上陸」と表現したのは誰なんだろう。「その言い出しっぺが知りたい!」という課題が本誌編集長から出されたのは、異常なまでの台風の当たり年となった平成28年の夏から秋にかけてのこと。ぐるぐる回ってくる台風だのが到来した年だ。「上陸」について、いろいろな資料を漁ってみたところ、明確な回答は得られなかったものの、調査の中で「岡田武松」なる人物が捜査線上に浮かんだ。Wikipediaによると、武松は第四代中央気象台長を務めたのだが、彼が打った「天気晴朗ナルモ浪高カルベシ」という天気予報は、日本海海戦の際に連合艦隊から大本営宛に打たれた電報の元となったとも言われているらしい。武松は後進の育成にも熱心であったようで、数多くの指導書を残している。その中の『氣象學』に「颱風上陸」の記述があったというのが、ぼくの調査の限界だった。しかし、この岡田武松という人物はぼくの脳裏にしっかりと刻まれてはいたのである。それからしばらくして、いつものように我が心の友『タモリ倶楽部』を見ていたところ、世にも特殊な書店が紹介されていた。その名も津村書店。気象庁内部にある、気象関連書籍&資料専門の書店である。番組ではなにやら楽しそうに気象クイズだの気象図の読み方だのをプロの気象予報士らと遊んでいた。世の中にはすごい書店があるものだと感心していたところ、ふと岡田武松のことが想起されたわけである。そうか。ここに行けば何かあるかもしれない。さっそく次の営業日に現地を訪ねてみた。津村書店は前述の通り気象庁にある。最寄駅は竹橋だが、大手町からもすぐだし、神保町・駿河台下交差点からも徒歩10分程度だから、古書漁りのついでに足を伸ばしてもいいだろう。気象庁はエントランスまでは自由に出入りできるが、津村書店は一階の奥のほうなので、受付で手続きをしなければならない。書類に必要事項を書き込むと、入館証がもらえる。ゲートを通って少し先を左に曲がれば数歩でたどり着く。入口脇には知育玩具的な気象ホビーのようなものが展示されている。無機質なビルの中に突然現れる商業区画ということでは、病院の売店に近い風情だ。津村書店は狭い。二人までならいいが、三人以上同時に客がいると、店員さん二人とあわせて五人。そんなコンパクトな空間にところ狭しと気象関連書籍が詰め込まれている。限りなく自費出版に近いものや、官公庁から発刊されたと思しきものまである。おそらくその多くはここでしか入手できないものだろう。少しだけ一般書籍もあるが、最新刊以外は日焼けして(ビルの中央部で日差しなどないのに!)変色したものが店晒しになっていた。レジにいる店主の奥さんによると、先代の頃からずっと返本はしていないとのこと。かなり年代物の大型書籍もたくさんあるが、これらはすべて新品なのである。岡田武松の文献はないかと物色してみたが、それらしいものは見当たらない。岡田武松本人の伝記というものは存在してないか、すでに絶版となっているということだろう。そこで少し捜索範囲を広げて、中央気象台なり気象庁なりのルーツがわかる本を探してみた。これは簡単に見つかった。古川武彦『気象庁物語』(中公新書)である。軽くめくってみると、日本海海戦のことも詳しく書いてある。Wikipediaの元ネタはおそらく本書であると思われる。戦果あり。岡田武松は第二次大戦前夜、陸軍とバチバチやりあって中央気象台長を退任に追い込まれるなど、相当に信念の固い人物だったようだ。裏付け調査が必要ではあるが、おそらく今使われている気象用語や慣用表現は、彼が起稿した指導書や教科書が元になっているのではないかとぼくは考えている。いつの日か、岡田武松の物語を書くときのために、また津村書店に足を向けたいと思う。小説執筆の資料として世の中には小説投稿サイトというものがある。たくさんある。有名なものは「小説家になろう」で、数十万人単位のアマチュア作家やセミプロ作家、あるいはプロ作家が覆面で昼夜を問わず創作物を無料で披露するというウェブサイトだ。他にカドカワ直営の「カクヨム」もある。カクヨムは以前「マガジン航」でレポートしたので、詳しくはそちらをご覧いただきたい。ちなみにその時に書いた小説閑話休題。そんな小説投稿サイトのひとつに「comico」というものがある。こちらは投稿して人気が上がっていくといずれは「公式」という立場になり、収益から分け前がもらえるシステムになっている。すでに書籍化やアニメ化された作品も登場しており、なかなかに盛り上がっている。以前、日本独立作家同盟のセミナーで高松侑輝さん(comicoの中の人)が登壇したのをきっかけに、ぼくもいっちょ試しにcomico小説を書いてみることにした。高校の国語科を題材にした学園ものである。タイトルは今風に文章系の長いものにして『次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。』とした。キャラのアイコンは「星宝転生ジュエルセイバー」から拝借。余談だが、このカードゲームのメーカーはキャラクターイラストなど百点以上を、無料で二次使用させてくれる。申請は事後承諾でもよく、セルフパブリッシングの書影に使われるケースが増えている。ぼくもありがたく使わせてもらった。さて、ちょこちょこと書き始めたところで、いまどきの高校国語の教科書はどんなものだろうかという素朴な疑問が立ちはだかった。ぼくは当年とって46歳。アラフォーどころかそろそろアラフィフの仲間入りである。手元に高校の教科書などが残っているはずもない。残っていたところで最近の指導要領とは合うはずもない。時代設定を昭和にしてもいいが、ケータイやらスマホやらは登場させられない。Amazonで検索してみたら、教科書の扱いは一応ある。あるのだが、何種類もあり、中身がわからない。学校によって採用している教科書が違うようだ。進学校かどうかでも違ったりするのだろうか。舞台が進学校の設定なのに、そこではあまり使われないほうの教科書をチョイスしたのでは、若者のハートを鷲掴みにはできない。無残にもオッサンキモイの烙印を押されてしまうに違いない。さらに調べてみると教科書が取り寄せできる書店は多かった。しかし、それはもう買うものが決まっている場合に限られる。3点も取り寄せてもらいながら、目の前で選んで1点だけ買うなんてことはできない。現物を店頭で見比べて、選んで、良さそうなほうだけを買いたいのである。前振りが長くなったが、じつは店頭で各教科各社の教科書をずらり取り揃えていて、いつでも誰でも買える書店が都内にある。南麻布の小川書店である。白金高輪駅から北へ数分。古川橋交差点から西へすぐのところにある路面店だ。クルマで行った場合は首都高の下あたりにコインパーキングがあるので、そちらを利用しよう。店の外には雑誌が陳列されている。教科書が常備されているという以外は極めてスタンダードな日本の書店の姿である。ほっとする。中に入ると左にはレジがあり、実用書、児童書、コミック、単行本、文庫本が標準的な配置で平積み、面陳、棚差しされている。中央付近は専門誌があり、そして店舗右方面三分の一ほどにずらりと教科書が並んでいた。学習参考書もあるので、一瞬わからないが、目が慣れてくると教科書が大量にあることが見えてくる。小学校から中学校、高校までを、各学年各教科各社を一堂に取り揃えているのでそれぞれ一、二冊しかなくてもそれなりの売り場面積を占有する。これは一般書店ではできない相談だろう。自分が高校生だった当時選択しなかった日本史や、いつかリベンジしたい物理、微分積分の教科書なども気にはなったのだが、今回はあくまで国語科の資料探しが目的である。駐車料金も気になるので、手短にチョイスせねばならない。一言で国語の教科書といっても、「国語総合」「国語表現」「現代文A/B」「古典A/B」がある。これらは新課程用というものだそうだ。ああやはりいろいろと改定されているようだ。詳しいことは現役の高校教師に取材しないとわからないが、今日のところはそれっぽいのが一冊手にはいればそれでいい。ぼくは筑摩書房の『精選 国語総合 現代文編』を選んだ。決め手は夏目漱石の「夢十夜」が扱われていることだが、隈研吾の「コンクリートの時代」も気になるし、遠藤周作「カプリンスキー氏」、谷川俊太郎「二十億光年の孤独」あたりも扱われていたからだ。読み物としても結構面白いのではなかろうかと思い、レジに出した。25年ぶりの教科書か。定価が書いてないので不安である。お高いかもしれない。レジのお姉さんは、一般のレジとは違うPOSの管理機のようなもので価格を調べてくれている。「616円になります」安い! 日本の教育に栄えあれ! 文科省のお役人さんありがとう。ぼくは小銭を支払って品物を受け取った。そんなにお安いなら国語科各社一式を一通り買ってもよかったなとも思ったのだが、他のものを引っ張り出してまたPOSで一つ一つ調べてもらうのも迷惑のようだったので、今回は控えておいた。いざというときに生の資料を入手できるルートが確保できただけでもよしとしようではないか。小説執筆の資料としてちなみに小川書店にはすぐ近くに古書部もある。ちょっとのぞいてみると白金のお屋敷から流出したであろう、程度の良い古書が数多く積まれていた。値付けは若干相場と違うようなので、じっくり探せば掘り出し物があるかもしれない。* * *この三書店とも、おそらくは顧客のニーズ(あるいは店主のワガママ)に応じていくうちにこのような業態に落ち着いたのだろうが、世の中には奇妙な書店があったものである。まだまだ世間には見たこともない風変わりな書店が数多く埋もれているだろう。またこのような特殊書店を発見した暁には、みなさまにご報告申し上げることをお約束して、本稿を終わりたいと思う。 カテゴリー: