属名は化石調査に当たったアメリカの古生物学者デービッド・ダンクルと、硬く頑丈な頭部の骨の装甲にちなんで「ダンクル博士の骨」を意味する。日本では長らく科名呼称のみが図鑑に記載されていたため、ディニクチス(「恐ろしい魚」の意味)とも呼ばれていた。 体長が13m、18m、30mなどの説があったが、近年は最大10mほどと、シャチとほぼ同じ大きさに落ち着いている。 ちなみに、祖先「Otodus obliqqus」は9.1m~最大12m以上という推測されており、これらが正確ならば最大級のプレデターシャークということになる。 ダンクルオステウス、とも、ダンクレオステウス、とも呼ばれ、少し古い図書や書籍ではディニクチス(恐ろしい魚)とも呼ばれます。 ダンクルオステウスのギロチン歯. ダンクルオステウスの噛む力やサメとの関係、復元にまつわる謎などをご紹介します。デボン紀最強の捕食者「ダンクルオステウス」。甲冑魚と呼ばれるダンクルオステウスは現在では考えられないとてもユニークな姿をしていました。 古代に生息した魚の最強ランキングTOP10第2位となったのは「ダンクルオステウス」です。 出典画像:Wikipedia. ダンクルオステウスはダンクレオステウスとも呼ばれ、地質時代でいうところの古生代デボン紀(約4億1600万~3億5920万年前)に現れた板皮類(ばんぴるい)という魚の一種です。 ダンクルオステウスとは. ダンクルオステウスは、「巨大な体」に「強靭な顎の力」、「歯の代わりとなる鋭利な骨」この3つの武器を手にして当時の生態系の頂点に君臨していました。 つまり、ダンクルオステウスの強さを象徴するのが、この3つの武器です。 ダンクルオステウスの強さの秘密. 目次ダンクルオステウスは今から約3億5000万年前のデボン紀の海に生息していた大型の魚類です。板皮類(ばんぴるい)というグループに分類されている古代魚の中でもダンクルオステウスは最大の生物でした。「魚の時代」と呼ばれるデボン紀の海においてダンクルオステウスは最強の捕食者として生態系の頂点に君臨していましたが、デボン紀後期に起こった大量絶滅により地球上から姿を消してしまいます。 ダンクルオステウスの名前はアメリカの古生物学者である「デイヴィッド・ダンクル」に由来して付けられており、「ダンクルの骨」という意味があります。ダンクルオステウスは日本では「ダンクレオステウス」と呼ばれることもあり、以前は「ディニクチス」という魚と同一視されていた経緯もあります。古くからの古生物ファンの方には、ディニクチスの名前の方が馴染みがある名前かも知れません。 ダンクルオステウスの体長は6~9メートルもあり、最大級の個体では10メートルに達したと考えられています。大型の生物がそれほど多く存在しなかったデボン紀の海において、ダンクルオステウスの体は非常に大きなものだったのです。ダンクルオステウスは大きな体を持つだけでなく、積極的に獲物を捕食する獰猛な肉食魚でもありました。ダンクルオステウスが生息していた頃の地球は地質時代を表す「デボン紀」という名前で呼ばれています。デボン紀は魚類が大繫栄したことから「魚の時代」とも呼ばれています。それまでの海はウミサソリなどの節足動物やオウムガイなどの軟体動物が支配していました。しかし、デボン紀に入ってからは魚類の巨大化が進み、捕食される立場から捕食する立場に変わる魚たちが多く出現します。その中でも特に強力だった生物がダンクルオステウスでした。ダンクルオステウスを始めとする大型の魚類は節足動物や軟体動物に代わってデボン紀の海を支配するようになりました。 ダンクルオステウスのように体表の一部を外骨格化させた魚類の仲間は「甲冑魚(かっちゅうぎょ)」と呼ばれています。甲冑魚の多くはダンクルオステウスと同様に頭部を硬い骨板で覆われていました。これは強力な捕食者から急所となる頭部を守るためでした。それまで海で繁栄していた節足動物や軟体動物の仲間には頑丈な外殻や殻を持つものが多く存在していました。これに対抗して魚類も硬い装甲板を持つようになったのです。甲冑魚の仲間が増えたことでそれを捕食する生物の中には装甲板を嚙み砕くための強力な顎を持つものが現れます。ダンクルオステウスもそんな捕食者のひとつでした。ダンクルオステウスは大きな体に頑丈な装甲板を持ち、獲物の外殻を破壊する強力な顎まで持っていたのです。 一説によるとダンクルオステウスの噛む力は5トン以上あったといわれています。顎に歯は生えていませんでしたが、牙のように突き出した顎の骨自体がその役割を果たしていました。ダンクルオステウスはこの強力な顎の力により、獲物となる生物の外殻を破壊していたのです。ダンクルオステウスの咬合力は陸上で最も顎の力が強かったティラノサウルスと同程度だったといわれています。ダンクルオステウスはその強力な顎の力を使って獲物となる甲冑魚やウミサソリなどをそのまま噛み砕いて飲み込んでいました。しかし、その顎の構造上噛み砕くことはできてもすり潰すことはできなかったため、噛み砕いた硬い外殻はまとめて吐き出していたことがわかっています。ダンクルオステウスの顎は大きく開くことができる造りになっていたため、大型の生物を主な食料にしていたのではないかといわれています。また、最近の研究でダンクルオステウスは淡水域にも侵入が可能であったことが判明しており、川を遡って獲物を物色していたと考えられています。獲物の大小や海洋河川に関わらず狩りができたダンクルオステウスは、当時の水棲生物たちにとって相当な脅威になったはずです。 大きな体と強力な顎の力を持つことからダンクルオステウスは当時の生態系のトップに位置する捕食者だったと考えられています。ダンクルオステウスは浮袋を持たず重い装甲板に覆われていたため、泳ぐ能力は決して高くありませんでした。そのため海底をゆっくりと移動していたと考えられますが、遊泳力が高い生物はほとんどいなかった当時の海ではダンクルオステウスの泳ぐ速さでも十分獲物を捕食することができました。しかし、棘魚類(きょくぎょるい)と呼ばれる体に棘を持つ魚を捕食する際には注意が必要でした。棘魚類を捕食した際に棘が喉に突き刺さってそのまま死んでしまったダンクルオステウスの化石も発見されています。生成されること自体が稀な化石でこのようなケースが発見されているのですから、同じような事故は当時相当数あったのかも知れません。また、最強の捕食者であったはずのダンクルオステウスが身を守る装甲板を備えているため、発見されていないだけでダンクルオステウスを獲物としていた上位の捕食者が存在した可能性も捨てきれません。 ダンクルオステウスはデボン紀後期の大量絶滅によって絶滅してしまいました。デボン紀の大量絶滅の原因として有力視されているのは環境変化による海水面の後退や、急激な寒冷化です。これにより海の生態系が破壊され海洋生物の82%が絶滅したといわれています。また、サメの出現もダンクルオステウスの絶滅原因のひとつとされています。巨大な体と強力な顎を兼ね備えたダンクルオステウスでしたが、遊泳力に優れ高速で獲物を追い回すサメとの生存競争に勝つことができませんでした。また、遊泳力の高い捕食者が現れたことで獲物となる魚も高速で泳ぐように進化していったのです。甲冑魚や節足動物を捕食するために進化したダンクルオステウスは、新しい時代に対応することができませんでした。 ダンクルオステウスの頭部は頑丈な外骨格で形成されていたため、化石として残りやすいという特性がありました。その一方で軟骨魚だったダンクルオステウスの胴体部分は化石が全く発見されていません。これはサメが顎と歯の化石しか発見されないのと全く同じ理由です。そのため現代に生き残っていないダンクルオステウスの体が本当はどのようなものであったかは今でも謎に包まれています。現在復元されているダンクルオステウスの体は「ポリプテルス」という現生の古代魚がモデルになっています。しかし、こういった理由からメディアで描かれるダンクルオステウスの形状は実に様々なのです。出典: いかがでしたか?デボン紀の海で最強の捕食者だったダンクルオステウスについてご紹介しました。本当のダンクルオステウスは一体どのような姿をしていたのでしょうか。次の記事 GIBEONGIBEON(ギベオン)は宇宙、地球、動物の不思議と謎を発信するミステリー情報メディアです。眠れない夜の暇つぶしにでもなれば幸いです。 © 2020 ギベオン – 宇宙・地球・動物の不思議と謎 All rights reserved.